音階の生い立ちをサラっと♪

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音階ってナニ?
どうやってできたの?
どんな姿をしてきたの?
…をサラっとまとめてみます。
とりあえず「西洋音楽」の範疇で話をしますね。
(20年ほど前に書いたのを整理して再掲)

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音階とは…

ハーモニーやメロディの材料となる、ある秩序に基づいた複数音高からなる組織的構造のこと。
様々な姿(音高同志の距離関係のバリエイション)で有り得、
それぞれに特有の色彩や働き(エネルギーの方向性など)を持っています。

本稿では、どう生まれ・如何に発展し・どう使われてきたかを概説します。

あくまでも筆者アタマの中の情報整理なので、欠落・不正確あらば御指摘いただければ幸いです

倍音列から生まれた

音階の起源は自然倍音列です。
後の経緯により「生まれ方」は2種類に大別されるでしょう。
 1)ピタゴラス学派式、第1&3次倍音の繰り返し
 2)高次倍音まで聴き分けて抽出する式

、、で、更に、倍音由来ではない音階起源もありそうです
 3)弦楽器と人の身体との相性から生まれた音階
 4)管楽器に等間隔で指穴(音孔)を開けたから生まれた音階
などなど…
本稿では主に最初の2つに触れることにします。

さて、自然倍音列とは?
の前に、、、

楽音・噪音とは?

人に音として聞こえる振動が自然界に発生すると、
人の音楽的価値観はそれを「楽音か噪音か」に聴き分けます。
楽音こそを音楽の素材として人は扱ってきました。
どこからどこまでが楽音か噪音か、の判断には地域差・時代差があります。
現代では噪音を音楽の素材とする場面も増えています。


_楽音とは?
音高(=音の高さ)を明瞭に聴き取りやすい音。
 ・基本的な振動が一定の振動数を保ちうる
 ・基本的な振動数の2倍3倍4倍(ほぼ整数倍の連続)の振動を伴い続けている。
これらが音高の聴き取りやすさの条件です。
「保ちうる」と書いたのは、
「人がその音の高さを保とうとすればできる」という意味です。

音楽は人の恣意的行いなので、材料として人が利用可能な音であればよいわけです。
自然発生的な音が一定の基本振動数を保っていなくても、
振動源を人が操作することで任意の振動数=音高を保てるならば利用可能な音となります。


_噪音とは?
音高を明瞭には聴き取りにくい音。「騒音」ではありません。
 ・基本的な振動が一定の振動数を保ちえない
 ・基本的な振動数の整数倍ではない振動を伴い続けている

こんな場合には音高としては聴き分けにくく、ハーモニー・メロディを作る材料としては使いにくいものです。
ですが、
打楽器あるいは打楽器的な使われ方をする音であれば、噪音でも音楽の材料として使われます。

自然倍音列とは?

自然界に人間が音として認識できる振動が発生すると、その倍々々…の振動数の振動を伴うものです。
それらも勿論、音として認識されます。

厳密には、周波数が「綺麗に倍々々…」とは限りませんので、
・基本振動に伴うより高い周波数のを音を総じて「上音
・そのうち周波数が綺麗に倍々々にあたる上音を「倍音
と呼びます。

それらがゾロリと並んでいる姿を「自然倍音列」とか「倍音列」と呼びます。

前項に絡めて言うなら、
上音の内、倍音の割合が多ければ「ある音高」として認識しやすいので楽音となる。
上音の内、倍音の割合が少ないと噪音と捉えられやすい。

さて、
倍音(上音)の含まれ方(各音圧の割合)により「音色」が決まります。
振動発生の仕方で、奇数倍の振動が特に多く含まれる場合、奇数偶数が万遍なく含まれる場合などあります。
あるいは、基本振動の変化に関わらず、ある高さの振動を常に伴うという場合もあります。

上に「音として認識される」と書いたが、綺麗に整数倍に並んでる場合、
全く溶け合う「1つの音」として認識されやすい。
倍音群は音色の決定要素として隠れ潜んでいるわけです。

整数倍ではない上音は聴き分け易い。
ですが、整数倍の倍音でも「聴き分けるべく」耳を澄ませば聴き分けられます。
実はその「倍音を聴き分ける」ことから音階の歴史は始まったと言えるでしょう。

純音とは?

電気的に合成された倍音を含まない単一振動による音のこと。
正弦波(サイン波)により発生する音とも言えます。

複数の基本周波数が1つの空間に鳴った時の現象観察などには便利なものだが、
人間の耳は正弦波に対しては音高の錯覚を起こしやすく、音楽的なハーモニー認知には不便な場合も。
とはいえ、その独特な音色はシンセサイザーを使った音楽の世界では重宝されもする。

クラリネットとかフルートとかが純音だ、という記述を見かけるが、それは間違いと言えるかと。
何故ならばいずれも、その楽器の音色と認識できるからです。
とはいえ、アタック(発音)の瞬間を切り取って、伸ばしてる部分だけを聴くと音色を聴き分けにくい場合もあります。
そういった時それは純音に近いとは言えるのでしょう。

 
さて、この次から、
「音階は如何に産まれたか」
を具体的に考えてみます。
主に筆者の体験からの想起をまとめたものです。なので、
更に明瞭な智恵を授けてくれるコメントは大歓迎します。

1)ピタゴラス学派式の音階起源と調律法の歴史、純正律・平均律、調律楽器・調音楽器

第1次倍音=基音と第3次倍音(基音の3倍の周波数の倍音)との関係は楽理的に言えば
「1オクターブ+完全5度」となります。
基音とオクターブ関係にある倍音(第2次、4次、8次、16次…)ではない倍音のうち
最初に登場する音です。

耳を澄ませば大抵誰でも聴き取れる「音」です。
少なくともそれより上の倍音と比べれば聴き取りは容易です。
弦楽器のハーモニクス奏法でも容易に発音できます。
ギターのチューニング時に第7フレットを軽く触れると鳴る音ですね。
 
ピタゴラスさん達は鍛冶屋の槌音にそれを聴き取り、その調和感は何故?
から考えを進めて、調和する音高群を並べて音階を作ろうとしたそうです。

基音を ド とすると ドーソ の関係。
オクターブの違いを無視して捉えるならば、基音の完全5度上と言えます。

その ソ を改めて ド とみなすと新たな ソ が見つかります。
それを4回繰り返すと
 ド、ソ、レ、ラ、ミ
のペンタトニックスケールが完成し、更に2回続けると
 ド、ソ、レ、ラ、ミ、シ、ファ♯
のリディアンスケールが完成します。
それを転回すれば イオニアン=メロディックメイジャー(=普通の長音階)となります。

__ちょっと寄り道__
  完全5度の連続、ね、、
 「友達の友達は皆友達」って考え方でゾロリと並べたわけですね。
  でも、、
  1人目と4人目は本当に友達って思い合ってるのかな?
  リディアンクロマチック理論のジョージ・ラッセル先生が
  晩年まで稿を改め続けたのは、そこに理由があるんじゃないかな?
  人工的友達グループのモノサシで、自然発生的友達グループの
  出来事を測ろうとしてたから、、、と推理中。
__寄り道おわり__

1オクターブの中に7種類の音を並べて「丁度イイや!」としたのでしょうね。
その価値観の根幹は、さらに昔のギリシャ時代に遡りそうです。
ギリシャ時代に「4弦の琴」が流行りました。
その調律法は様々で、現在の半音よりも狭い音程を扱うものもありました。
その中で、現在の ドレミファ(2つの全音と1つの半音)に近い調律がありました。
それは「ダイアトニック」と呼ばれました。
それを2つ、違う高さにして1オクターブを埋めるようにした「感じ」が「丁度イイや!」に繋がったのでは、と想像できます。
 全全半+全全半
の音階とその転回形を総じてダイアトニックと呼ぶようになったのと繋がるセンスと思われます。

さて、こうした音階の見つけ方を提唱したのがピタゴラスと言われ、当時の西欧文化圏で広く認められた方式です。
が、もちろん同時多発的に似たような発見は各地でされていたのでしょう。
何故なら、ペンタトニックの音階による古来の音楽は広い地域に分布してるので。

さて、その連続を更に続けてみます。
ド、ソ、レ、ラ、ミ、シ、ファ♯、ド♯、ソ♯、レ♯、ラ♯、ミ♯、シ♯

12音目として出て来た「シ♯」これが最初の「ド」と一致すれば世界は幸せでした。
が、そうは巧くいきません。
半音(現在の平均律というモノサシで言えば)の 24/100 ほど上ずってしまいます。

(ピタゴラスさん達は「ほぼ同じ」ということでそこでストップしたらしいですね。
 そのまま続けても、これほど近づくことは暫くないので賢明だったかと。)

管弦楽器や声楽などの「調音楽器=演奏中即時的に音高調整をできる楽器」ならば、
その程度のズレは気になりません。
ところがピアノなどの「調律楽器=すぐには音高調整のできない楽器」だと困りそうですよね。

ドとシ♯を同じ音にする為に、他の音達を少しずつズラして辻褄を合わせつつ、
自然な響きを生む工夫が重ねられました。
それが「調律法=音律」の歴史です。
沢山の音律が歴史上提唱されてきました

「自然な響き」と書きましたが、どういうことでしょうか?
2つ以上の音高を同時に鳴らすとハーモニーが生まれるわけですが、
それらの音が「その中のある音を基音とする倍音列に含まれる音高」と一致した場合に、
いわゆる「ハモリ」という快感現象が起こります。
 (ハモリがどうして起こり、それがどうして人に快感を及ぼすか、については別稿に譲るとして…)
そのような状態に至るような音高同志の関係(=音程_2音間の距離)、その結果の状態を自然な響きとして書きました。

つまり、
ドとシ♯を一致させるような工夫は少なからず、自然な響きを壊すことに他なりません。
ですが、ある限られた形のハーモニーだけは自然に響くように工夫されたのが「純正律」です。

ある限られた形とは難しい言葉で言えば「主和音・属和音・下属和音」です。
横文字で言えば「トニック・ドミナント・サブドミナント」。
1の和音、5の和音、4の和音とも呼びます。

ハーモニーとしてそれらしか扱わず、転調もしない時代はそれで事足りました。
やがて、それ以外の和音も使い、転調(楽曲中で、別の基音に基づいた音程関係を使うような状態に移行すること)も頻繁に行うようになると、純正律で調律された楽器は音痴となりました。

そこで、如何に辻褄を合わせるかの工夫が様々になされました。
その結果、数理的にオクターブを12等分した「平均律」が発明されました。
数学の発展のお陰でもあります。
その調律法は現在まで使われています。

平均律は「どこでもハモれない」音律です。
ですが、人間の耳は「前向きにファジー」です。
「本来はこうなのだろう」「本当ならこう聞こえて美しいのだろう」
という結果に向けてアジャストして音楽的感知を行えるようです。
その能力のお陰で平均律は、なんとか許容できる音律として便利に利用されています。

とはいえ、倍音列に適った純粋に響き合うハーモニーを知る耳には、やはりズレて聞こえます。
そこで、そうした耳を持つ調音楽器の奏者は
「楽曲の、その時点での依拠する倍音列の基音」
を敏感に察知し、その倍音列に適った音高を奏でてハーモニーを実現すべく音高調整をし「続け」ます。

すると、調律楽器との間でブツカリが生じます。
が、そこをなんとかする智恵も色々と育つわけです。

2)高次倍音まで聴き分ける音階起源

人間が聴き分けうる、あるいは楽器の奏法から抽出しうる倍音から音階を抽出する方法。
つまり、倍音列にゾロリと含まれる音高から音階を作ろうという方式。

まずは基音~第16倍音までを観察してみます。
 1_ド 2_ド 3_ソ 4_ド 5_ミ 6_ソ 7_シ♭
 8_ド 9_レ 10_ミ 11_ファ♯ 12_ソ
 13_低めのラ 14_シ♭ 15_高めのシ 16_ド
 (平均律と比べると様々なズレがありますが、詳細は割愛)

第14倍音までに リディアンb7th、転回すればメロディックマイナー(旋律的短音階)、
第15倍音までにリディアン、転回すればメロディックメイジャー(普通の長音階)、
を発見できます。

こうした段取りでの音階認識のもとに発達した音楽文化は、美しいハーモニーを持つ特徴があると言えるでしょう。
例えば、アフリカ(ザックリですみません)の人達の歌声にそれを聴いたことがあるでしょう。

この方式だと、平均律的に言う半音・全音(長7度、短7度)には幾つもの幅のバラエティがあります。
長3度、短3度(短6度、長6度)も同じく何通りもあります。
常に、どの倍音に依拠してるかを感覚し音程を調節できてこそ扱える世界なのでしょう。

地球は広いから…

広い世界には、半音よりも更に細かい音程を扱う音階等々も存在します。
倍音列の更に深い聴き分けに依拠すると思われるものもあれば、
時代々々の王様の決めた「尺度」に適うように決められたものもあれば、
宗教的動機の、なんらかの尺度に基づくものもあるのでしょう。

ペンタトニックにしても半音を含むものもあります。
沖縄音階などは想い起こしやすいですね。
弦楽器と人間の体格との関連から生まれたものが多い、と私は推理中ですが、
今後の要研究件です。

さて、話を西洋音楽の範疇に戻しますね。

音階の変遷

いずれにせよ、基礎的な音階の発見はなされたとして、その後の変遷を推理します。

リディアンが発見されたことで、その7つの音それぞれを主音とする7つのモード(旋法)が導き出されました。
厳密に言うと、主音から上に完全5度でなく減5度を含むものは殆ど利用されなかったわけですが。

というか、
一般的に利用可能とされる幾つかが選ばれ、節回しとして「1の音」を終止音とするものと「5の音」を終止音とするものとに分けられたわけですが、ここではその詳細は割愛します。

教会旋法、旋法的音楽・機能和声的音楽

諸モードは各地でその地方のキリスト教会を代表する「音階的色彩」として扱われ、地名が冠されました。
現在ではチャーチモード(教会旋法)と呼ばれます。
その名前は現在のジャズ理論でもそのまま流用されています。
その当時の呼び名と実態との関係がズレるところはありますが。

昔々の歌曲は単旋律&順次進行が支配的でした。
やがて、4度平行進行や対位法的作曲も行われるようになりました。
多声構造を持つようになると、和声(横方向の響きである旋律に対して、縦方向の響きの概念)への考慮が芽生えてきました。

すると、曲の終端での「終止感」を強く求めるようになり、その効果を強く表せるイオニアンモード(いわゆる普通の長調)が流行したと想像されます。
そのモードでは、5度の和音を4和音(ソシレファ)にすると巧い具合に
「1度の和音への解決(進行)欲求を感じさせる不協和」が生まれ、
1度の和音での終止感を強く感じられるからです。

和声の遷移に伴う「緊張と緩和=テンション&リリース」をもって音楽的時間を進める手法、すなわち機能和声法がイオニアンモードの上で発展した結果、イオニアンが支配的音階となりました。
(対して、それ以前の音楽は旋法的音楽と呼ばれます)

ヘンデル、ハイドンを経てバッハにてそれは決定づけられたのでしょう。
なぜならバッハはその他のモードを既に懐古的あるいは異文化的に使っていたからです。

イオニアンが支配的となった様子は鍵盤楽器の白鍵がイオニアン(主音が鍵盤の中心に置かれる)であることや、五線譜がCメイジャーを表示するのに最適化されてる事などに見てとれます。
(何故、Cを鍵盤楽器の中心音としたか、なぜそれがAでなくCだったのかは別の謎ですが)

メイジャーとマイナー

明るい音階、暗い音階。
諸モードはそれぞれに固有の色彩を持っています。
その特徴の最たるものは「明るい or 暗い(メイジャー or マイナー)」です。
それを決定づけているのは、音階の第3音が主音から長3度なのか、短3度なのか、です。

機能和声の時代に至って支配的音階となったイオニアンモード=長調ですが、それと平等な存在感を持ちうるマイナー音階も求められました。
つまり、マイナーの主和音への終止感を強力に持ちうるような和声環境を構築できるようなマイナーの音階、が求められたということです。

イオニアンが長音階の代表となるには、偶然にもその点の強さを備えていたので苦労は要りませんでした。
ところが、リディアンの転回形の諸モードの中では同様の強さをもったマイナーモードはありません。
そこから機能和声音楽で主役と成りうる短音階を探す旅は始まりました。

イオニアンの転回系に内在されるマイナーの音階とは、今のジャズ理論での名前で言えば、
・ドリアン _レミファソラシドレ
・フリジアン _ミファソラシドレミ
・エオリアン _ラシドレミファソラ
・ロクリアン _シドレミファソラシです。

ただしロクリアンはトニック=主音の上に完全5度を持たないのでモードとしての安定性は低く、固有の音階として捉えることには今に至っても様々な立場があります。

導音が居れば…、自然短音階・和声的短音階

それらマイナーモードはいずれも導音(リーディングノート)を持ちません。
導音すなわち主音の半音下の音
イオニアンでは第7音が導音です。
それは、主音を主音たらしめるのに強く作用します。
つまりいずれのマイナーモードも、主音が主音であるためのの条件がイオニアンほどには備わっていません。

そこで発明されたのが和声短音階=ハーモニックマイナーです。
その説明の前に自然短音階=ナチュラルマイナー( ≒ エオリアン)について触れておきましょう。

イオニアン ≒ メロディックメイジャー(旋律的長音階=いわゆる普通の長調)を軸とした機能和声的発想の発展過程に於いて、その第6モードであるエオリアンがマイナーの音階を代表するものと捉えられるようになりました。
なぜならば前述の3つのマイナーモードのいずれも主音に対しての導音を持たないが、
主音に準じて主音を特定する影響力の強い第5音、に対しての「導音的音高」を持っているからです。

それは第5音の半音上の音です。
ナチュラルマイナーを ラ、シ、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ と呼ぶとしたら、
第5音はミで、その半音上はファ、です。

この「ファ」は導音的であると同時に「暗さ」をより強く感じさせる音高です。
 (なぜそうなのか、は別稿に譲ります)
その条件に依るとまずドリアンが候補から除外され、エオリアンとフリジアンが残ります。

導音について追加説明。
「ある音」に対してすぐ隣の音は「ある音」へ進行するエネルギーを強く持ちます。
それは全音よりも半音のほうがより強いです。
それは下からでも上からでも同様に生じうるエネルギーです。

エオリアンとフリジアンのうち、何故エオリアンが短調として主導権を握るようになったか。
これはまだ仮説です。
あくまでも過去のヨーロッパの、ある限られた地域の嗜好傾向が強く影響しているのでしょう。

主音の半音上の音(フリジアンがそれを持つ、エオリアンには無い)は確かに主音への引力を強く持ち、導音的資格に充分ですが、主音との不協和の強過ぎが嫌われたのかもしれません。

あるいは、上行的順次進行の旋律の最初に半音が聞こえると、十字軍の敵軍の好む旋律を彷彿とさせたからかもしれません。

対するエオリアンは、イオニアンでのメイジャーの旋律をマイナーにコンヴァートしようとした際に、その結果は充分に明瞭にマイナー化に成功している。
「じゃぁ、これでいいじゃん」つまり嗜好の問題です。

もちろんフリジアンがマイナーの代表的音階として発展した地域もあったわけです。
スペイン風とかジプシー風と捉えられる音楽がそれです。
十字軍の本陣たる地域ではそれは好まれなかったのだと私は想像します。

それ以前にイオニアン主導の機能和声的概念に於いて、主音の半音下の音が導音として機能するという価値観は絶対的なものとして定着していたのでしょう。

イオニアンではその導音と共に、第4音が主和音の第3音へ、半音上から進行する導音的音高として機能しています。
これは本来の導音である第7音との間に減5度という不安定(滞在性の低い)な音程を形成し、一致協力して主和音への引力を発現します。
これがイオニアンが機能和声の世界で主導権を握れた最大の要素です。

 リディアン _ファソラシドレミファ
 ミクソリディアン _ソラシドレミファソ
もメイジャーモードですが、そのような強力な解決引力は持ち合わせていません。
どう考えてもイオニアンの勝ちです。(機能和声的価値観では、です)

さてエオリアンを見てみましょう。
前述のような経緯でマイナーの代表と成り得、
「メロディックメイジャーに内在する音群から自然に導き出される音階」
なので「ナチュラルマイナー=自然短音階」と名付けられるに至りました。

ちなみに「自然的短音階」と書く人も居るが、どうも馴染めぬ。
筆者が若い頃に触れた文献ではどれも「自然短音階」と
書いてあったので。
「和声的」「旋律的」は「的」が欠かせないが「自然的」は
「的」が無くても意味が通る。
和声と旋律は純然たる名詞で、自然は名詞だけでなく
形容動詞でもあり「的」という意味合いを含むからだろう。
後に「的」をつける例が増えたのは「和声的・旋律的」と
「カタチを揃える」という動機によると思われるが、
その発想はどうにも幼稚に思えて、自分では「自然的」
という言い回しにはどうも馴染めないのです。

自然短音階に内在する和声達は、メロディックメイジャーほどには主音や主和音への帰着引力は強くありません。
つまり、
メロディックメイジャーと構成音が一緒なので、旋律を紡いでいるうちに、
より安定性あるいは解決引力の強いメロディックメイジャーの旋律に変身しやすいのです。

そこで、マイナーの主音あるいは主和音を「主人公」として特定するための発明が必要になりました。
それがハーモニックマイナー(=和声的短音階)です!

ナチュラルマイナーの第7音を半音上げて無理矢理に主音への導音を作りました。
その結果発生する属和音(第5音上に構成される主和音への強い引力を示す四和音)は、メイジャーのように 第3音への半音下降進行は持ちませんが、代わりに第5音への半音下降進行を持ち、属和音として強力に存在しうるようになりました。
つまり、
マイナーの主和音あるいは主音が主人公としての性格を強く持てるようになったわけです\(^O^)/

十字軍と旋律的短音階

さて、そこでまた沸き起こった問題。
ハーモニックマイナーの第5音からの上行的旋律は、十字軍の敵国を彷彿とさせるに充分過ぎる響きを持っていました。

十字軍の本陣としては困ったことです(私の仮説です。時代のズレも結構ありますが、ヨーロッパ諸国は今に至るまでそうであるわけで)。

そこで発明されたのがハーモニックマイナーの第6音 半音上げた
メロディックマイナー(=旋律的短音階)です。
その上半身はメロディックメイジャーと同じです。
メロディー的にスムーズな短音階が出来上がりました。

下りでも暗く…

ところが!
ここでまた問題発生です。
この発明がなされた当時はまだまだ単旋律メインの世の中でした。
グレゴリオ聖歌に代表されるような。
旋律は主音から始まり順次進行で描かれ主音に戻るのが代表的ルールでした。
すると、、
旋律的短音階の主音から上行する旋律だとちゃんとマイナーに聞こえますが、
下降する時に「メイジャーに聞こえてしまう」のです。

そこでまた発明です。
「下降形の旋律では自然短音階を使いましょう」。
主音から下行する旋律でもちゃんと「暗く、マイナーに」聞こえるようになりました。
ここに至って、

短調の主音あるいは主和音を特定すべき直前には和声的短音階を、
それ以外では旋律的短音階と自然短音階の使い分けをしましょう、

という短調の一般的ルールに落ち着くわけです。
(実を言うと厳密には時代考証が少々前後してます。
 けど、とりあえず、成り立ちを捉えやすいような順番にしてみました。)

和声進行の上での旋律では…、そして現代では…

ですがですね、、、
旋律の背景にはほぼ必ず和声が存在する時代になると、
旋律自体が常にマイナーを表現しなくても楽曲自体はマイナーとして捉えられるようになります。
そうすると、下降形には自然短音階を使わねばならないというルールも有名無実化します。
必ずしもそうでなくてもよいわけで。

もちろん伝統的習慣の踏襲というスタイル維持の本能としては機能しますが、
20世紀に至って和声短音階と旋律的短音階も、
旋律的長音階=メロディックメイジャーとは独立した諸モードの源泉と捉えて
作曲や演奏が行われるようになります。
すると、下降形も旋律的短音階のままにしてモードの色彩を維持するようにもなります。

つまり、楽曲の時代性・スタイルを考慮して短音階のバリエイションを捉えたり、
表現の道具とせねばならない現代
なわけです。

楽器練習で旋律的短音階の下行を自然短音階にする無駄

蛇足ですが器楽練習の場面に於いては、旋律的短音階の下降を自然短音階に変えるのは全く無駄だと思います。
音階練習を身体機能のトレーニングという局面で捉えるならば、
そうしてしまうと自然短音階は1.5倍の、旋律的短音階は半分の練習時間という不均衡につながるからです。

結局、旋律的短音階に辿り着くって不思議

ところで興味深いこと。
ピタゴラス的価値観な世界での短調音階の変遷を眺めたわけですが…
結果的にメロディックマイナーに辿り着きましたよね。
それって、
「高次倍音まで聴き分ける音階起源」で最初から抽出されていた
リディアンb7 の第5モード、です。
自然現象から人間が自ずと快感と思える所に辿り着いたわけですね。
面白いことだと思います。

モードの復権

やがて諸音階の個性が華開く時代がまたやってきました。
19世紀半ばになると、それまでのメイジャーとマイナーつまり
機能和声が主導権を握っていた西洋音楽の世界で、新たな試みが起こります。
民俗楽派・懐古主義などなどです。
そこで、大昔に忘れ去られたかに思われていた諸モードの活用がクローズアップされます。


・(ここに代表的作家名など列挙すべきとこだが、読者各自の知識で補完してくだされ)


ジャズの世界でもクラシック音楽と同様の歴史が短期間のうちに繰り返されました。


・(ここに代表的作家名など列挙すべきとこだが、読者各自の知識で補完してくだされ)


その過程で、
ハーモニックメイジャー(=和声的長音階)
も諸モードの源泉たる固有の母体的音階と捉えられるようになりました。


・モーダルインタチェンジ=関係調和音一時借用=準固有和音の活用、、、云々


・4つのペアレントスケール(母体音階)と諸モード
現在では(殊にジャズ理論の世界では)諸モードは、母体となる4種の音階と、
その転回形として整理されています。
・メロディックメイジャー 旋律的長音階
・メロディックマイナー 旋律的短音階
・ハーモニックマイナー 和声的短音階
・ハーモニックメイジャー 和声的長音階

それらに内在する7つずつのモード(=旋法)とその振る舞いについての詳細は、
『カエルとアラレで音階名人・第2巻』
http://bit.ly/KA_kaeruarare2
を御覧くださいませ。


・新たな作曲技法としての諸音階
 ・シンメトリックスケール=対照音階
  ・メシアンの8つのモード、、、、、云々
  ・シンメトリックディミニッシュト
  ・シンメトリックオーギュメンティド
 ・
 ・
 ・2オクターブに渡るシーケンスを想定した、、とか、、


・マルチトニックシステム=多調共存構造とでも訳せますか、、、
・多調・複調
・倍音列と純正調を応用した作曲技法などなど、


最後の方の「薄いメモ」についてはやがてまた稿を改めますね。
 …って、20年前にもそう書いたままだ (^_^;

コメント

  1. […] […]

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