本稿は巷のソルフェージュ教材への問題提起です。
譜面での見た目で、音高が近いほど、初心者向けの旋律視唱の材料として適切なのでしょうか?
聴音初心者が「聴き分け」やすい音程は、見た目が近い玉同士でしょうか?
五線譜の上で2つの玉が近い高さだと「近い」と思えますよね。
見た目の距離は確かに近い。
演奏作業の負荷の大きさも、その2音を遷移する苦労は確かに小さい、つまり近い。
ですが、音楽的な感覚としては「近い」と言い切れるのでしょうか?
音程・操作的距離と聴感覚的距離
音程とは2つの音高がどれだけ離れてるかを示す概念です。
「度」という単位を使って遠近を表現されます。
観点により「近い・遠い」の判断は変わると思ってます。
声でも楽器でも演奏操作を観点とするなら、五線譜上の見た目通りの遠近となる。
音程が近いほど演奏操作のエネルギー消費が少ない、
それが例外なく本当ならば、
半音(あるいはそれ未満)が最も「近い」と言えます。
ですが、
聴感覚での距離感を観点とするなら、2通り有り得ると考えてます。
1)上記同様「見た目通り」の距離
2)1音目との「協和性」の距離
1)は、単純に「聞こえる高さが似通っている」ならば「近い」という観点。
2)は「2音同志の親しみやすさの距離」とも言えるかもしれません。
結論を先に書いておきます。
2)の観点で「近い」~「遠い」の順列を並べます。
・完全1度=ユニゾン(同音高)
・完全8度=オクターブ
(※1オクターブに限らず同じピッチクラス=音名ならば…以下同様)
・完全5度
・その転回形としての完全4度
・長3度
・短6度
・短3度
・長6度
・長2度
・短7度
・増4度
・減5度
・短2度
・長7度
以下、
・何故その2音が「親しみやすい」のか
・「親しみやすい」と何故「近い」と呼びたいのか
…の説明を続けます。
倍音列
空間に楽音が1つ鳴ると、その基本的な振動周波数(ある高さとして認識する基となる最も低い周波数)の成す音(=基音)
と共に、その2倍3倍4倍…の周波数の音が同時に発生します。
それは倍音として有名ですね。
その「連なり」は倍音列とか自然倍音列と呼ばれますね。
基音は第1次倍音とも呼ばれます。
基音をドとすると、
第2次倍音=オクターブ上のド
第3次倍音=その完全5度上のソ__平均律よりほんの少し高い
第4=その完全4度上のド
第5=その長3度上のミ__やや低い
第6=その短3度上のソ__ほんの少し高い
第7=その短3度上のシ♭__だいぶ低い
第8=その長2度上のド
第9=その長2度上のレ__わりと低い
第10=その長2度上のミ__やや低い
第11=その長2度上のファ♯__かなり低い
第12=その短2度上のソ__ほんの少し高い
第13=その長2度上のラ__ガッツリと低い
第14=その短2度上のシ♭__だいぶ低い
第15=その短2度上のシ__ちょい低い
第16=その短2度上のド
基音の2倍の周波数=第2次倍音は、基音の1オクターブ上。
基音の3倍の周波数=第3次倍音は、基音から1オクターブ+完全5度上。
第2次倍音は音名(=ピッチクラス)としては基音と同じドなので、すっかり溶け込んでしまい「別の音」とは認識されにくい。
第3次倍音ソは明らかに「別の音」として倍音列中に始めに登場する音。わりと聴き取り易い。
第4次倍音はドなのでやはり聴き分けにくい。
第5次倍音ミは、ソに次いで登場する「別の音」だがエネルギーはだいぶ薄れるので、ソよりは聴き取りにくい。
一般的に、○次倍音の「○」が小さいほど含まれるエネルギーは大きい。
が、そうとも限らず、含まれる各倍音の音圧そのパーセンテージは様々。
それが「音色」を決定する要素なのはきっと御存知の通り。
クラリネットなど偶数次倍音の含有量が極端に少ない楽器音もある。
(「奇数しか含まない」との記述をよく見かけるが、観察したところクラの場合、そうとは言い切れない様子でした。)
その場合、第3次倍音ソと第5次倍音ミが非常に聴き取り易い。
差音とウナリ、2つの音を同時に鳴らすと…
さて、ここで「もう1つの音」を鳴らします。
1音目の倍音列の中の音いずれかと2音目が一致する=ユニゾンとなると「調和」「安定」といった感じを人に与えます。
倍音群の中でも○次の○が小さいほど、その一致を感覚しやすいので、結果の安定感はより強くなります。
2音の周波数が一致した状態を「ユニゾン」と呼びます。
ピッタリ一致してないと、それぞれの周波数の「差」にあたる周波数の振動が起こります。
それを人の聴覚機能は「聞こえる音」として認識しますが、それを「人の聴覚の非連続性による錯覚で物理的実在現象ではないと」する説と、物理的実在とする説とがあります。
いずれであれ人には「聞こえる」ものです。
それは「差音」と呼ばれます。
差音の周波数が可聴帯域(=人が音として感知できる周波数帯域)より小さいと、
「ウナリ=2音の合成された結果の音圧の周期的増減」
として感知されます。
差音とウナリはチューニング時や、
ハーモニーを作る際に拠り所とされます。
差音出没の基本的な姿
解っておくと面白い例を挙げておきます。
ただし、平均律ではなく純正的音程で鳴らした時にうまく観察できる現象です。
純正的音程とは、倍音列の中に含有された音程のことです。
a)
ドと、その完全5度上のソを鳴らします。(厳密に言えばソは平均律より2セント高い)
差音は、最初のドのオクターブ下のドです。
最初のドを第2倍音、ソを第3倍音とするような倍音列の基音の位置にあたる音が差音となります。
b)
ドと長3度上のミを鳴らします。(ミは平均律より14セント低い)
差音は、最初のドから2オクターブ下のドです。
最初のドを第4倍音、ミを第5倍音とするような倍音列の基音の位置にある音が差音となります。
c)
ミと短3度上のソを…。(この短3度は平均律より14+2=16セント広い)
差音は、最初のミから長3度と2オクターブ下のドです。
最初のミを第5倍音、ソを第6倍音とするような倍音列の基音の位置にあたる音が差音となります。
d)
ソと短3度上のシ♭。
(シ♭は平均律より31セント低い。この短3度は平均律より31+2=33セント狭い)
、、、あとは規則通りに進みます。
ただし、差音を感知しやすい「確かさ」は、
d)よりも c)よりも b)よりも a)の方が強固です。
なので、ここに挙げた4例よりも先(=より狭い音程の2音)は差音を感知するのは難しくなると言えます。
音域によっては(ある程度以上に高い音域でないと)これらより狭い音程の2音だと、
差音としては聞こえず、ウナリを観察することとなります。
作編曲法の世界で言われる「ロー・インターヴァル・リミット」という言葉の理由です。
ある音程の2音共を、どれだけ下げると不愉快な響きとなるか(=ウナリを起こすか)その臨界点を示す概念です。
完全5度であっても、ある程度以上に音域を下げると、ウナリの発生源となり、明瞭なハーモニーを阻害するので忌避されるわけですね。
もちろん逆にそれを効果的に活かした作編曲も存在しますけどね。
音程確定の確かさの差
上記の「確かさ」&「不確かさ」には
「差音=2音から想定しうる本来の基音」
との距離の近さだけではない理由があります。
・完全8度(オクターブ)
・完全5度
・完全4度
など、倍音列の「早い内」に登場する音程は、
「コレしかない!」という風に音程にバリエイションが無く、クッキリと確定しやすい。
それらだと差音を聴覚するのが容易です(観察結果より)。
ほんの少しズレたユニゾン or オクターブはブルブルとウナります。
完全5度も同様に、下の音の第3倍音と、上の音の第2倍音とのズレをウナリとして感知しやすい。
完全4度は、下の音の第4倍音と、上の音の第3倍音とのズレをウナリとして感知しやすい。
つまり、
「差音を感知しやすい確かさ」それは「音程の特定しやすさ」とも言い換えられます。
さて、
・長3度_短6度
・短3度_長6度
・長2度_短7度
・増4度_減5度
・短2度_長7度
これらは、倍音列をジックリと観察すると判りますが、
それぞれに幾つもの音程のヴァリエイションがあります。
例えば、なんとなく「長3度」と思える音程にも、その幅に「融通」の範囲があるわけです。
実はその融通は、シームレス(連続的)なものでなく、
その範囲の中で、幾つかの「ツボ」があります。
そのツボは「ハモりやすいポイント」です。
ツボの拠り所は「倍音列の中に登場する音程」です。
同じ名前の音程でも、何通りも幅があります。
無段階ではなく、数種類ずつあるわけです。
第16倍音までの中に
・長3度_短6度 は 5種類
・短3度_長6度 は 4種類
・長2度_短7度 は 6種類
・増4度_減5度 は 4種類
・短2度_長7度 は 4種類
(※ 第13倍音のラは猛烈に低いので、それを含む音程はなんとも言えない微妙なものではある)
それら、○種類のうち、どれを選ぶかによって「聞こえるはずの」差音の音高は変わります。
どれを選ぶかによって、その2音が内在される倍音の基音が変わる、ということです。
この「ヴァリエイション」こそが、完全○音程ではない音程群の
「差音を感知しにくい不確かさ」=「音程の特定しにくさ」
の原因だと思っています。
謎の第3番目の音
とはいえ、この領域になると差音を聴き取るのは容易ではありません。
ですが、
差音ではない「謎の第3番目の音」が聞こえることが多いです。
差音は実際に鳴っている2音よりも低い or 間の音として聞こえます。
「謎音」はそれだけでなく、
・少し上
・ずっと上
・すぐ下や間でも、差音とは言えない音高
…と、様々な高さに登場します。
俗に「加音」という言葉で呼ばれることもありますが、間違いでしょう。
2つの周波数の「加=足したもの」だから、という言葉ですが、観察結果からして不適切と言わざるを得ません。
また俗に、謎音現象を「倍音」と呼ぶのもよく耳にします。
微妙に不適切だと思います。
「倍音」という言葉は上述のような概念だからです。
とはいえ、その言葉を使いたくなる気持も解らなくはありません。
なぜならば、謎音の正体は
「2つの音が同時に鳴った時に、双方の持つ倍音成分が、打ち消し合ったり、増強しあったりした結果、強調されて聞こえる音」
と思われるからです。
つまり、材料は倍音だから、そう言いたくなる気持も解ります。
2音の音程と、謎音の音高の組み合わせは規則正しいです。
つまり、それを憶えておけば、ハモるツボを明瞭に使い分けられるのでしょう。
とはいえ、組み合わせは膨大で憶えるのは大変。
調性・和声との関係を全て把握するのも大変。
なので、時々、耳をそばだてて聴き取る練習をする程度でも、甲斐はあるのだろうな、
という程度に思っておくのが健康的かもしれません。
謎音が「聞こえるか聞こえないか」は、はなはだ不規則です。
電子楽器だと規則的に再現できるかもしれませんが、とりあえず生楽器同志だと難しい。
「打ち消し合ったり、増強しあったり」
という出来事は、2つの音波がどのタイミングで、波のどの位置で始まるかによって結果は変わるのだと観察結果より想像してます。
それが正解だとしたら、
「位相」という言葉に代表される概念と一致するのだろうな、、、
現状は全くもってアナログ実験結果的理解ですが、そのうちちゃんと説明できるようになりたいです。
どちらも倍音は含むわけで
上に「双方の持つ倍音成分が」と書いてしまいましたが、、
一緒に鳴らす「2音目」ももちろん倍音を内在する、ということです。
なので、2つの音それぞれに含まれる沢山の倍音同志が、
・ユニゾンになったり
・ハモったり
・ハモってるとは言えない音程だったり
・ウナったり
…するわけです。
実際に考慮すべき領域は双方の第5次倍音まででしょう。
それ以上の領域は音としてのエネルギーは小さいので、
出会った結果になにかが起こっても、結果の「音色に変化が起きた」程度の影響力です。
双方の倍音同志の影響を考えるのは、なかなか愉しいです。
結果の音色を想像したり、楽器群のヴォイシングで普通じゃないことをしてみたり、、、
とはいえ、あまり深く突き詰めないほうが精神衛生上はよさそうな領域ではありますね (^_^;
確信の持ち易さ=親しみ易さ=近さ
ここまでのトッチラカリをサクっと要約し、冒頭に書いたソルーフェージュ教材への提言を改めて書いて〆ます。
楽音(=西洋音楽で演奏に使われるに足る、音高を明瞭に認識しやすい音)である限り、
ある1音からその完全5度上(ドに対してのソ)を倍音の中から聴き取り易い。
つまりそれを基準に、完全5度(ド~ソ)は確信を持ちやすい。
「確信を持ちやすい」とは、聴き分けやすい&歌い分けやすい、ということ。
それを逆転した完全4度(ソ~ド)も同様。
次に、
長3度(ド~ミ)も明瞭にツボを得やすい。
その次は、ミ~ソとして登場する短3度。
それぞれを逆転した、短6度(ミ~ド)長6度(ソ~ミ)も自信を持って掴みやすい。
それ以外の諸音程は、倍音列の中で登場する順番がウシロの方
(=含有率低い=エネルギーが小さい)な上に、
そう呼ばれうる音程に幾つものバラエティがある。
つまり、それら諸音程は確信を持って掴みにくく、曖昧になりやすい。
というわけで、
2度・7度よりも、3度・6度、更には完全5度・4度の方が、
聴き分けたり、歌うのに確信を持ちやすいと思うのです。
そんな感覚を「親しみやすさ」=聴感覚的な「近さ」と表してみたわけです。
新たなソルフェージュ段取りの提案
ソルフェージュ教本は大抵、見た目通りに「近い」音程の行き来から練習を始めます。
ところが、音痴を自認する人(少年時代の筆者ふくめ)の場合、
例えば「ド~レとド~ミ♭」の違いを聴き分けられないことがあります。
ですが「ド~ソとド~オクターブ上のド」の違いは聴き分け易いです。
聴き分けられないものは、歌い分けられないはずです。
そのレベルの音痴な場合、コールユーブンゲンなど既存ソルフェ教本だと、入口で挫折を味わいます。
なので造ってみたニュータイプなソルフェ本↓
『なりましょハナウタ美人!_大人ソルフェシリーズ入門編』
http://bit.ly/KT_hanautabijin
『大人が始めるソルフェージュ_大人ソルフェシリーズ2基礎技術編』
http://bit.ly/KT_otona-solfege
(初出は 2017/03/17 Facebookにて。
補追してこちらへ再掲しました。)
コメント