なんかね「○sus2」について云々する文字列を最近目にしたもんで。
ま、云々に参加する気はないんだけど、長らく思ってきたことを書き留めておこうかな、と。
人生の一片の感想文なんで目くじら立てないでね~♪
‘90年代に初めてソレを目にした時に、なんか奇妙な気がした。
「なんでそんな書き方するんかな?」って。
‘70年代末から渡辺貞夫さんの「Jazz study」とかで順調にバークリー式な音階・和声・コードネーム・旋律・対旋律法(厳密には対位法とは言えぬ)・ヴォイシング・オーケストレイション…ってな理屈に触れた自分には不思議に思えたものだ。
とはいえ、その後色んな音楽に触れた結果
「なるほどね、そう書きたくなる理由も解るよね、うむ、もはや自分もそう書くしか無い場面は多いな」
と今は思ってます。
コードネームって…
この島国では貞夫さん帰国以前には殆どコードネームって使われてなかったと思われます、時々古文書に触れる機会あり、その観察結果より。
合衆国だと’30年代後半辺りから「らしきもの」がマチマチに色んな方式で記されてたようです。カントリー音楽の譜面など見るとナッシュビルコード表記などその名残の1つなわけで。
世界は広くて、ラテン語圏では固定ドのドレミにコード種別を付記したようなのも見かけます。
ロシアのリフ帳でもなんだか違う方式のが読めない文字で書いてあったり。
台湾の歌謡曲集ではナッシュビルコードの漢字版みたいなのもみかけたし。
ザックリ言うと’40年代にシュリンガー博士がアメリカ音楽も分析しやすい様な説明体系を作り、それを教える学校=シュリンガースクールがボストンにあった。
その卒業生は後にウエストコーストの音楽を支えた錚々たる面々が揃ってたりするわけね。
そのうちの一人がエリオット・リー・バーク初代学長。
彼はスクールを新たな学校組織に組み直して、それがバークリー音楽院。
あの学校名は「ブリジストンは石橋さん」式の名付け方だったわけで決して「バークレー」ではないのだわよ。
そこでコードネームってものの整理と理論化が進んだようです。
そこで学んだ貞夫さんが持ち帰ったわけで、この島国ではバークリー式表記がほぼ支配的なわけね。
とはいえ、世界にはそれ以前の残滓も残ってるわけで、細かく見れば所々で違った表記も併存してる。
ま、どうであれ大体意味は通じるので目くじらを立てることでもあるまい。
蛇足、、作曲の授業の先生だったアレックス・ウラノフスキー師匠、彼は当時「全米コードネーム協会」の会長だったって聞いたことあるけど、それってナニだったんだろ?未だにその存在を確かめてないや💦
で、’90年代初頭にそこで学んだ自分にも「○sus2」は珍妙というか新鮮に思えたのだ。
教科書や授業で目にすることがなかったわけで。
その当時は、いわゆる Realbook に変わるものとして正規に権利処理されたリフ帳出版物が出始めてた。
そこには’70年代のクロスオーヴァーというかフュージョンというか、まぁ一昔前の最先端な曲も載ってて、そこに既に sus2 表記が居たわけ。
なぜそれを珍妙に思い、やがて納得するに至ったか…。
そもそも「sus○」って…
古くより多く目にする見た目は「○sus4」ですね。
suspended 4th.
日本語だと「係留4度」
英和辞書によれば、
吊り上げられた・繰り延べられた・引き延ばされた・休まされた・停止された。
音楽用語として一般的な意味合いは↑の最初の2つを「なんとなく」ダブルミーニングで受け止められてるみたい。
1)最も古典的な sus4 の用例。
機能和声的音楽に於いて、ドミナント(属七和音)の不協和からトニックの協和への解決が期待される場面があるとする。
ハーモニックリズム的に「ソコ!でトニックだよね!」って場所で、ドミナント7th.コードの♭7が半音下行して(長調なら)トニックコードの3に辿り着いて解決を果たす、つまり主音を基音とする自然倍音列に最もフィットするハーモニーに帰着する、ってのが当たり前の出来事。
(ちなみに、ブルーズ・ジャズ・R&B・ロック…ではドミナント7th.型コードがトニックとして安定的に居座れる、それは何故?って話は別件だが面白いので、そのうち稿を改めてガッツリ書こうと思う。機能和声とは違った和声の進み方がそこでは有り得る仕組みもね)
そこで、ベースはそのキーの1度(主音=トニック)に行くのに↑の動きは伴わず、属七の短7度=キーの4度は引き延ばされ解決しきらないってのが下の譜面。
で、遅れたとはいえその後の半音下行での解決が期待される。
解決したなら古典的センスとしてはメデタシ。わざと解決ポイントを遅らせることで解決快感を高める効果がある、勿体ぶりやがって!ってな。遅延解決などとも呼ばれる出来事。
もちろん、解決せずにモヤモヤしたまま終止とする場合や、その未解決感を機動力として更に曲を進めたりもする。
誰もが聞き覚えのある例を思い出してみた。
J.S.バッハ、トッカータとフーガ・ニ短調、
「♪ちゃりら〜、はなからぎゅ〜にゅ〜」で有名な、深刻なシーンに使われがちなオルガン曲。(↓の図版は IMSLPから借用)
の3小節目。ペダルがトニックを先にならしてるのが特殊だが、それに耳をつぶって両手だけを聴く。
2小節目4拍目からドミナント(A7b9、ルートのA音は鳴ってないがペダルのDの倍音で空間にA音は居るのでちゃんとA7b9っぽく聞こえる)、
3小節目2拍目で左手小指と右手はトニックの1度5度。
だが、左手親指は係留して sus4。
からすぐに3度へは解決せず一瞬の sus2 を介してから3度へ遅延解決。
2拍目アタマだけを見ればG音はトニックへの椅音(非和声音の一種)だが、
直前のドミナントから引き延ばされてるので係留4度。
次のE音は逸音ともとれるが、
「上方椅音のGと下方椅音のEとで挟み込み二重椅音。だがGは前を見れば係留音。で、D minor への解決が期待されるところを D Major で落着してるのでピカルディ終止。」
と説明するのが妥当でしょう。
2)その響き自体を佳きモノとして活かす時代
元来、西欧音楽のコードってのは3度堆積が発想の基本形。
自然倍音列の5番目までにメイジャーコードが見つかるのがその所以でしょう。
そこを最も安定した帰着点として、そこに向かうように不協和と協和を行き来するように仕組んだのが機能和声法。
長らく機能和声法に基づく音楽が西欧クラシックでは主流だったわけで、3度堆積が和声のアタリマエだったのも無理は無い。
19世紀後半、ドビュッシーとかが4度堆積の響きを積極的に創作に取り入れ、諸国の民族・民俗楽派の創作活動と響き合って、機能和声からの解放と、旋法的音楽の復権が進んだわけね。
で「4度堆積、アリじゃん、イイじゃん」ってなるわけで。
ま、姿と用法は違えどサウンドとしては sus4 な響きが「解決を望まれる不協和」ではなく「そこに安定して色彩を表し続けられる響き」として認められるようになった、てことかな。
そうした和声の味わいを認める土壌あってこそ旋法は自由に旋律を紡げるわけで、そのヤリクチでヒット曲をいくつもカッ飛ばしたドビュッシーさんの功績は偉大と言わざるを得ない。
3)アメリカ音楽的に解釈するなら…
ザックリ言っちゃうと、アメリカ音楽はブルーズの発生って特異的トピックをもって西欧音楽と一線を画するわけだけど、そこでの和声・旋律の進化の歴史は西欧と似通って居つつ数倍のスピードで進んだと言えます。
19世紀の諸アメリカ古楽から第二次大戦後にコードネームとして sus4 とか sus2 って書かれるに至るまでたった100数十年。
もちろん機能和声的に係留って用法も活き続けてる。
が、コードの基本構造としてドビュッシーの作品以上に sus4 が日常化したってのがアメリカ音楽ならではの特徴じゃないかな?
でね、なんでそんなに早かったかってモヤモヤ想像するわけだけど…、
やはりブルーズが求めるところに従ったからじゃないかな?
主音が特定されたとして、その上での節回しは(西欧の長調/短調とは違って)3も♭3も4も♯4も、♭7も6も7も、自由に使いたい。
和声がその自由を制約しないように、って結果が sus4 sus2 の日常化に繋がったんでないかな?
その点また後ほど判りやすい例とともに説明します。
ところで、
sus4 の4って何故 11 じゃなくて4なのか。
4は、3「に代わって」存在する、コードの基本的キャラクタを決める音の仲間だから。
( 11って書くと 1,3,5,7 って和声に対して持続的共存しうるテンションノートって意味になるんで。)
長3度と完全4度が共存するなら「○add11」などと書くわけだが滅多に見られない。
なんでかっていうと…、
1と5があれば1を基音とする倍音列が空間に湧く。
1と4があれば4を基音とする…(以下同文)。
その2つの共存は複雑な響きとなり、普通の3度堆積コード(空間に現出させる倍音群が1組なコード)と比べて一線を画す理由。
1か4、そのどちらもが主音たりうるフワフワな不安定とも言い切れない浮遊感。
ですがそこに、
3の音が実際の音として鳴ると、単に4との半音ってだけでなく、その倍音の7とも相まって、4を基音とする倍音群と強い不協和を生む。
その不協和は、1と4、いずれもの主音性を否定するだけの効力を持ち、フワフワどころでない不安定を生む。
なわけで通常は使いがたい。
勿論、音楽的必要でそれが使われることもあるが、むしろコードネームを書かぬような場面が多いでしょう。音域を吟味すれば然程の不協和を生まず使え、つまり不協和度はコントロールできる。ブルーズィーな表現も含め、不協和度を計算して操作するようなコンポジションではコードネームを書いて和音奏者にザックリと弾かれるのは憚られる、、だから書かないんでないかな?
なわけで、基本的には sus4 は3が居なくて4が居る、1,3,5 と 1,4,5 はそれぞれ明らかに別キャラクタな和声の「下部構造」と捉えられるってこと(下部構造、については次の項目で詳しく書きました)。
だから下部構造の中の1音としての4であって、テンションノートとして扱われる 11 ではない。
じゃぁ「○sus2」って…、「○add9」じゃダメなの?
似て非なる「○add9」ってナニだったか分析的説明に挑んでみる。
バークリー式に言えばその「9th」はテンションノート(=緊張を生む音)です。
テンションノートってナニ?かと言えば…、
3度堆積の世界での話だが、コードの「1,3,5,7」が殆どのコードのキャラクタを特定する。
その 1,3,5,7 をコードノートって呼びます。
で、そのコードの湧き出でる源泉が7音音階だとすると、間に挟まってる「2,4,6」は、コードの基本的キャラクタに対して、クラシカルに言えば不協和、ジャジーに言えば「リッチネスを生む音」。
(先述のメイジャーコードに対して完全4度の音がクラッシーって例の如く「それは持続的には使うのよそうよ」って音はアヴォイドノート=除外音・忌避音などと扱われますが)
クラシカルなセンスで言えば「コードの基本的な音への解決が望まれる音」。
ジャジーな価値観なら「その緊張感が響きをより豊かに彩ってくれる」。
その違いは、ブルーズの発生に関わる感覚に依るのでしょう。
クラシカルな快感原則だと、自然倍音列の低次に見つかる 1,3,5 の響きこそ幸せで安定的な帰着点。
ジャジーなほうだと、より高次まで聴き分けた果てにある、クラシカルに言うなら不協和な響きこそ大自然と響き合えるイェイ!な音。で「そこに居続けてサウンドキャラクタを作る一員となる」わけね。
とはいえ、アメリカ音楽でも西欧のヤリクチは使われるわけで、機能和声的仕組みも大いに活かされてるのは御存知の通り。それとブルーズ的ヤリクチが行き来しつつ合体してるのが素敵なとこ。
で、
2,4,6 は、西欧的ヤリクチの場面ではやはり緊張を生む音(でありながら、よりリッチネスを生む音)として整理されるわけね。
なわけでテンションノートって名付けられたわけ。
で、テンションノートですよって見分けやすくする為にそれらは 9,11,13 って書くルールも決められたわけね。
その数字付けも相まって、
1,3,5,7 はコードの下部構造(lower structure)
9,11,13 は上部構造(upper structure)
って呼び方も生まれたのね。
片仮名でアッパストラクチュアって聞いたことありますよね?コレのことなのですわ。
で、やっと肝心な add9 の話。
とりあえず「○メイジャー add9」について。
add9 ってのが湧いた所以はこういうこと↓なんだろうと思ってます。
三度堆積の世界だとメイジャートニックの 1,3,5 をインスタントにリッチとする可能性の第1候補は第7音を積み足して 1,3,5,7 って思いつくのは普通でしょう。
7は1と半音だが、3との完全五度・5との長3度って高い安定性(倍音列の早い内に登場する音程)故に存在の落ち着きが担保されてる。
1とは半音でも、1の半音上の♭2の破壊力に比べると、半音下の7は1の存在感を脅かす力はない(それも倍音列での登場順で説明できるが詳細は省く)。
が、
「旋律音が 1」な時、7と旋律音の1との関係は居心地悪さと感じられる確率が高い。
もちろんオーケストレイションとかヴォイシング次第ではあるが。
そこで、
7に代わるようなリッチさ補完要員として次の選択肢は6。
3との完全4度、1との短3度、5とも長2度、なるほど安定性は高い。
それは 1,3,5,7 に代わる別種の下部構造 1,3,5,6 として認められるほどに。
だがそれは、独特の野暮ったさを伴う(平均律だとそう。3と6を純正音程で鳴らすと印象は少し変わるが)。よく言えばホッとする感じ。
1度とも5度とも半音のブツカリがないからでしょう。
1,3,5,7 のようなキラキラ感には乏しい。
そこで登場するのが9。
5と完全5度、1と3とも長2度、安定度は充分。
で、
5との完全5度は5を基音とする倍音群を生む。
そこに「弾いちゃないけどウッスラ聞こえてもいいくらいな7」が居る。
そのウッスラさんってば旋律の1を邪魔する力は弱い。
てなわけで、
「旋律が1の音の時 Major7th コードは使いたくないが、同様のキラキラ感を出せるテンションノート」
ってことで add9 は重宝されてるのでしょう。
( _このクダリは筆者武田の観察研究結果からの創作です。他で聞いたことありません。ま、他の項目もおおかたそうですが、、AI に引用されたらすぐ判りますぜw_ )
じゃあ、○sus2 ってのはナニモノ? add9 とは違うの?
、、ん~、長くなったんで項目を改めます。
sus2 表記の使われる場面を幾つかに整理してみる。
1)sus4 の古典的使われ方と同様に遅延解決の一種として。
ドミナント7th.が4度上のトニックに解決するとして、ドミナントの♭7がトニックの3に進んで不協和の解決を生むってのは先述の通り。
その時、ドミナントの5の音は、もしもトニックになった時にも係留されてればトニックにとって9のテンションノート。つまりクラシカルに言えばトニックの1あるいは3への解決が望まれる。
でだ、
ドミナントの♭7→トニックの3ってのと、
ドミナントの5→トニックの1ってのが共存してるとしたら、
そのどちらもが遅延してればトニックのコードネームは「○sus4add9」でしょう。
もし、♭7〜3は普通のタイミングで解決して、5〜1のみが遅延してれば「○add9」ですね。
で、強いて、ドミナントの♭7の声部がトニックの5に進むと仮定して、
ドミナントの5はトニックの1か3に解決したいのに遅延したとします。
その時のトニックのコードネームは、3度の音が長3度か短3度か特定されてない、しかも係留による遅延解決を予期される状況なので「○sus2」と書くのが妥当なのでしょう。
もちろん、「○add9omit3」と書いても間違いではありませんが、楽譜上の狭いとこには少ない文字数が望まれるでしょう。
ま、それ以上に「遅延解決ですよ」ってメッセージを込められるって意味でも「○sus2」のほうが有用性高そうです。
と、
「本来は3のとこを変位させた音ですよ」って意味合いも込められる。本来の「吊り上げられた」に対して「引き下げられた」なんですけどね。
↑の1小節目の下の矢印の動きね、和声の教科書的にはウギャってことなんだけど、J.S.バッハ先生とか改めて観察したらよく使ってますね。限られた声部で必要を満たすためには、本来の解決進行を声部間でクロスして「ま、いっしょ」って感じ、かな?
ちなみにそんな場合、
sus4 にせよ sus2 にせよトニックの3度がメイジャーかマイナーかが特定されないってのは、作曲上効果的に使われることが多い。
特にトニックマイナーに解決するのが期待される場面で使われると面白い。
判りやすい例だと Earth wind and fires の “ Fantasy “ の sus4 でしょうか。
「え?メイジャーに解決したの? ピカルディ終止? あれ?長3度は居ない? どっちだ?」
ってオロオロしてるうちに曲は先に進む(笑
アレね、トニックんとこで1と5がガッツリ居ると、文脈的には♭3が居ても可笑しくないとこだとしても、♭3が居ない限り、なんとなく♮3を感じちゃうのが人間の仕組みみたいね。
ま、倍音のもたらすマジックなんだと思います。
で、sus2 ってコードも3度が居ないわけで、似たような効果を生めるんじゃないかな?
単なる遅延でなくその効果を狙った用法もあることでしょう。
2)ブルーズィーな環境での9度のテンションとして。
「パワーコード」ってあるじゃん?ロックギターで1と5だけ掴んでドギャ~ンって鳴らす奴。あれね、それだけ聞くと3度弾いてなくてもメイジャーに聞こえるわけ、倍音のせいで。
なんだけど、その上だと実際の3は居ないから、♭3や4を使った節回しもクラッシュ感なく自由にイケちゃう。
つまりブルーズ天国なわけ。で、倍音群とのフィットで言えば、4よりも♯4のほうが、7よりも♭7のほうがフィット感高い。それもまたブルーズ。
そんな時に、強いて持続的テンション音を付加する可能性で、ブルーズ的節回しの自由度を阻害しない音といえば9か6ってなる。
つまりそこに sus2 ってコードネームは現れうる、んでないかな?
で、”70年代以降のジャズ系な曲に書かれた sus2 を観察すると、殊更に「ロックだぜ!」じゃなくても似たような「節回しの自由」を期待して使ってる風情は感じられるわけです。ま、もはや日常的であった sus4 も同様なわけですが。
3)ミニマルな作曲で苦し紛れに付けたコードネームとして(笑
例えばこんな曲があったとすると2小節目前半にコードネーム振ろうとしたら sus2 を選ぶって選択肢はあるんでないかな? ま、Gsus4/C でもいいんだけどさ。
4)5度堆積って発想に基づいた…
先述とおり4度堆積ってのが機能和声からの解放を意図してたわけで。
じゃ、5度堆積もアリよねともなるわけだろな。
6度だと結局3度と変わらないし、7度≒2度だとすぐクラスターな混沌になるし。
で、4度堆積だと、仮にメイジャーなモードをCリディアンで組んだとすると、4番目に3度が出てきちゃう。5度堆積なら5番目。
1つしか違わないわけだけど、ま、1つとは言えその分リッチにはなるわけね、3度の呪縛から逃れつつ。
ま、↓の譜例みたく全部積むこたないけど、おおかた4度より5度積みのほうが響きの風通しもイイから、開放感とか自由な感じとかの入口にはしやすいんだろな。
あ、そうそう、↓の5度堆積の下から3つを拾えば C sus2 ってことね。
5)メロディックなクリシェとして
ポチっと書き足し。長三和音or短三和音の3度を上や下に変位させる旋律的な動き(刺繍音としても経過音としても、あ、椅音でも逸音でも…)として sus4 と sus2 は登場しうるって説明(ある一瞬につけた説明であれ)も有り得るかな?
ま、譜例をつけるほどでもあるまいね。
…と言っておきながら後日追記(^_^;
ジョン・レノンのクリスマスの曲、ほらアレ、ジョンとヨーコの囁き声から “so this is christmas ♪” って歌い出しの、あ、そうそう “Happy christmas” だったけ?
あれの冒頭ね、条件付きで↑の説明に使えるかな?
最初の2小節、トニックメイジャーな響きの上でマンドリン奏法のギター(一番よく聞こえるやつ、実際には3本くらい重ねてるかな?、マンドリン奏法の音はもう1声の1本分も鳴ってるけど)アレが「3、2、4、3」って動いてるでしょ?
あれとルートとの関係をコードネームにすれば 「Ⅰ、Ⅰsus2、Ⅰsus4、Ⅰ」になるわけね。
作曲段階ではそうだったでしょう。ギター的には思いつきやすい動きだし。
で、条件付きってのは、オケ録りされた仕上がりではジャカジャカストロークなギター達、
右側に低音部強調で八分音符全刻みな2本、左側に高音部強調でチャンカチャラカってリズムのともうちょい大雑把でアルペジオチックな計2本が少なくとも聴き分けられる。
そいつらが見事にⅠメイジャートライアドを鳴らし続けてる。
ので、その結果を精確にコードネームにすれば「Ⅰ、Ⅰadd9、Ⅰadd11、Ⅰ」で、クリシェの3243ってマンドリン奏法の音は add9 と add11 のとこではメロディックな非和声音ってことになる。
とはいえ、想像しやすい原型を思えば「3が下に変位した結果の sus2 の例」と言っていいんでないかな?
※追記予告メモ:↑に並べた譜例群はトニックの時についてのみだけどドミナント、サブドミナントの時の現象例も出すとベターだろな。そのうち書き出しますね。
これを機に久しぶりに J.S.Bach のコラールとかオルガンの譜面を見たり聴いたり…やっぱ面白い、偉大ですなバッハさん♪
まぁそんなわけで、
てなわけで、add9 とは違うものとして sus2 の有用性は認められるんでないかな?
って思ってます。
歴史的に観察すると時代とスタイルによって意味合いは様々で、それを書いた人のオモイを想像するたびに味わい深いなって思います。
自分で使うときには意図が伝わりやすいような工夫を心がけようって思ってます。
_後日追記_
↑の「工夫」について。
結局 sus2 ってコードネームはまだ使うに当たって、どんなヒトが読むか、どんな「シーン」で使われるかって考慮が必要な曖昧なものではあるのでしょう。
例えば「C」って1文字を見て、C長調しか思い浮かばない人が居るのは普通ですよね。
ですがシーンが変われば、Cのいわゆるマイナーペンタとかマイナーブルーズスケールを先ず思い起こす人も居るわけです。
で、たぶん職業音楽家なら少なからず、ばっちりインナーでも10数種類、ジワジワとアウトしてけば数十種類ってツカエル音階を想像できそうです。
とはいえ、文脈次第で最適な数種類に絞り込むのも可能。
つまり、読む相手がどれくらいの範囲の想像力をもってるか、その想定次第で如何に書けば(玉も読んで貰うってのも含め)意図が伝わりやすいか、選び方は様々なんでないかって思ってます。選び方次第では sus2 と書くのが最適って場合もある現代なのかと思ってます。
_追記ここまで_
これこれ!
ん〜、、これね、実はこれだけだとなんとも解りにくい箇所だらけなのよね。
最初に出た当時、目黒のヤマハの教室では補完する実習プリントが日々の課題でモリモリ出てたそうで、、もし今そのコピーが見つかるなら歴史的資料としても宝の山な気がするのだ。
ん〜、ピアノの北島直樹さん(たしか)がヤマハ出版から出してた理論書がとても解りやすかったんだが今は見つからないな。。。
↓これは解りやすい名著だったな!! 藤井貞泰先生の「実用ジャズ理論シリーズ」
↓あ、新訂版!
↓オーケストレイション教本。今また読むと含蓄深いんだろな〜。あ、当時は「ソノシート付き」でした💦
↓あ!邦訳出てるんだ!、、、ん〜、、原書をジックリ読み直すのもイイかもな〜💦
↓じょーじバンマス(僕にとっては)の本、、ん〜、古めな薄ッペラな原書を探さなきゃな〜、
と言いつつ、初めての方にはこの日本語版が頼りになるかと♪
↓ 2013年版かぁ〜、、自分の学んだ23年後、、どんな中身になってるのか興味津々ですわ。。
ってか、、当時は3冊分冊で、その分の授業は飛び級しちゃってちゃんと受けてなかったような💦 うん、、後に弟子から見せて貰ってフムフムって思ったんだったな。
↓いわゆるリアルブック。当時はイリーガル版で某雑貨店で「アレある?」って訊くとカウンターの後ろからコソコソ出して売ってくれた。たしか30ドルだったか、、縮刷版もあって20ドル、ん〜今や老眼で読めず(>_<)

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